Jay Boyという名の男のいきざま

けして極悪人ではないです。ちょっと悪人だった時期もありますが。


彼は Jay Adams ジェイ・アダムスといい1961年生まれでつい先日


今年の8月に53歳と言う若さで帰らぬ人となりました。


知ってる人は知っているが、知らない人のほうが多いのかな?


彼は1970年代にカリフォルニア州ヴェニスから発信されアメリカ


全土、いや世界中を巻き込んだ第一次スケートボード・ムーブメント


の中心人物であり、スケート業界のレジェンドである。


細かく書くと膨大になってしまうので(思い入れも入ってしまうので)


シンプルに進行しましょう。


なにがレジェンドなのか?60年代のスケートボードはアフター・


サーフィンもしくは波が無いときの練習用ぐらいの扱いでした。


そして70年代に入り今まで坂道やフラットな地面で滑っていた


スケートボードを水の張っていないプール(アメリカのプールは


角がなく、すべてがアールになっている)に持ち込み平坦ではなく


垂直に乗ったり宙に飛んだりと言う現在に通ずる画期的なスケー


ティングを初めて始めたのがJayが所属していたヴェニスの”Z-Boys”なのである。そのZ-Boys人気もあれよと言う間に広がりスケートブームに

なり、10代だった彼らはいきなり時のスターへ。


まだ、プロスポーツという確立もできていない時代に全米及び世界のあちこち


から金の匂いを嗅ぎつけた大人達があつまり、ある者はスケート・メーカーを


設立したりアイドル並にTVや映画にでたりと活躍したが、Jayはすごく不器用で


ただスケートが出来ればいいとの理由ではでな動きは見せず、その第一次


スケートボードブームと共に落ちぶれていく犠牲者となった。もともと恵まれた


環境で育ってないJayはブームが去ったあとは地元のギャング達とつるみ始


め、悪行に手を染めていくのである。

Z-Boysの仲間だったペラルタなどはJayとは真逆に80年代の第二


次スケートブームにうまく乗っていくのであった。まさに光と影であ


る。その後Jayはハワイに移住し、ドラッグやら殺人罪の疑いで拘留


され何年か後に出所し、その前後のタイミングでペラルタがドキュメ


ンタリー映画「DOG TOWN & Z-BOYS」を製作し、Jayの存在も若者


の間から再評価され現在に至るわけである。お時間があれば是非


映画「DOG TOWN & Z-BOYS」をご覧になってください。それを元に


ハリウッド製作の「Loards of DOG TOWN」と言う映画もあります。ご参考までに。


しかし、ボードスポーツを通して社会に貢献していたJayだったが、今年8月にメキシコにサーフ・トリップしている際に心臓麻痺で亡くなりまし 


た。彼の生涯のスローガン「100% Skateborder」、まじりっけ無しのピュアなスケートボーダーだ!と言う言葉は彼の右胸にタトゥーとし


て、しっかりと刻まれております。つまりは”好きなものは貫き通せ”ということですね。(私の勝手な解釈ですが)これまた日々、勉強!